黒潮
久々のアルバム制作終了の目処、と共に夏が終わり、ほうけているうちに早ひと月。遅ればせながら私の夏の総括ということで、今夏最も印象深かった潮流について記します。
かなり今更ながら奄美皆既日食音楽祭、今ではのりピーもそこに居た、というくらいにしか人々の記憶にとどまっていないかもしれないが、皆既日食の前夜、いわゆるレイヴ・カルチャーの日本的原風景とでも言うべき圧倒的な光景が現出していた。
メンバー総勢180名近くで行われた、ゆったりとした島踊り、八月踊りの後に「奄美いっちゃりょん会」によって演奏された六調(奄美諸島の舞曲)にあらゆる世代・人種が巻き込まれぐるぐる踊っている。このbpmでノンストップ。無礼講、ええじゃないか的アナーキー。明らかに音楽祭のハイライトだった。
この興奮を帰って来てから友人に話したところ、やはりそれは黒潮のワイルドな流れを模した、その潮流が生んだ黒潮文化とでも言うべきものではないか。という話に発展し、そこからひと月後に控えた、東京でも継承・発展されている阿波踊りへと接続。
初めて観に行った高円寺阿波踊りはもはや黒潮の潮騒が沸点を超え、ブラジルのバイーアあたりと同時多発祭りを開催しているような…激しい。
それで驚いたのが、重低音を担当してる大太鼓系がスゴいタイミングで音を抜きます。ハット系の鉦はビートをキープ。アイソレーターでダンスフロアを盛り上げてく感じを組織的にやっている。踊りは止まらない、踊り子はみな恍惚の笑顔。
伝統がかくも鮮やかに継承され、現在進行形として提示されているのが素晴らしい。こうした潮流が10年代の日本社会に何らかの影響力を持ってコミットメントしていったら面白いですね。
というわけで久々にyoutubeを見ていたら、20年ほど前に錦糸町に観に行った
河内音頭に辿り着いた。ビートがスウィングしたりシンコペートしたり、8ビートっぽくなったり、変幻自在。
ところで皆既日食自体はどうだったのか。ご存知の通り奄美大島北端では曇っていて見えない日蝕「The Invisible Eclipse」
陰りが、見えない。意味深でした。ちなみに世界の様々な先住民の間では、日蝕は見てはいけない不吉なもの、との言い伝えが多いそうです。